新政権に関する報道では、対野党、対野党の活字が躍っている。そして次には、党内融和である。
対国民という言葉はどこにも出てこない。何とも不思議な国である。マスメディアも、対国民と言う観念はまるでない。面白おかしく政争を国民に伝えるだけである。
一番先に考えるべき「対国民」が国会議員からも、マスコミからも、すっぽりと抜け落ちている。こういうときになるとよく分かる。
本当は国民の事よりも、自分たちの事が優先なのだということが……。マスコミ報道も、10年1日のごとく変わっていない。
派閥がどうのとか、誰が誰と組んだとか、民主党の場合は、派閥をグループとしているようだが、自民党時代の派閥となんら変わらない状況なのである。
対野党、党内融和、対国民、はどこからも聞こえてこない。最初に発する言葉、最初に報道して活字にするべきは、対国民ではないのか?
活字で躍るのは、対野党ばかりでは、何のための政治なのかさっぱり伝わってこない。
戦後66年、いまだ何も変わっていないのは、日本の政治ではないだろうか。それにしても、管政権のときに、国債を発行してでも思い切った復興予算を組んで、大胆な政策を進めるべきでなかったのか、いまではもう遅い。
管総理の1年数カ月は、一体なんだったのか? 失った時間は戻ってこない。国民だけが忘れ去られた時間であった。
1億2000万人が苦しみ、得をしたのはたった一人。こんなことは、2度とあって欲しくない。