菅総理が、三木降ろしのときに粘って抵抗した三木武夫氏と似ているといわれるが、全く似てはいない。最初に顔の風格からして問題にならない。三木氏は、芯が通った立派な顔をしていた。片や、巷でよく見る顔である。三木さんの奥様も立派な奥様であった。
要するに、心から国を思い、国民を心配していた人と、片や一日でも長く総理の座に座っていたいという人の違いではないだろうか。三木氏は、俺は人間が好きだから国民のために頑張る、と口癖のように言っていたそうである。
たまに比較されるが、両者の違いは天と地ほどの違いがある。今にしてみれば、昔の政治家達には国を思う真心があった。男前でなくても、人相に風格があった。田中角栄、大平正芳、福田さん。みんな顔に風格を持っていた。
田中角栄氏などは、多少悪いことをしても、底には真剣に国を思う心を持っていた。それに引き換え最近の政治家は、街中でよく見かける普通の顔で、むしろ政治家のほうが顔に品がなくなっている。菅さんは特に、本質が顔に表われている。
この現象は何から来ているのだろう。個利個略のために国会議員を目ざしているからではないだろうか? 名誉と(大した名誉ではないが)金、両方一挙に手に入るのが国会議員とされている。菅内閣の、総理はじめ閣僚の人相を確認してみると、心から国を憂いている人相の人はいない。
バルカン政治家と言われた三木武夫氏は、草葉の陰で、菅と俺と比較するなど失礼だと怒っている。