実は、11月29日に当欄で『居酒屋タクシー処分』のタイトルで潜在的アル中に関して問題提起した。その中では中川さんも取り上げて書いたので、予言するつもりはなかったが図らずも指摘が現実のものとなった。弛緩した日本の社会では、高級官僚が、タクシーの車内でドライバーから酒を貰って飲むなとどいう恥ずかしい行為をやった。あの役人達も、潜在的なアル中なのである。
中川さんの場合も、潜在的なアル中だったのだろう。そうとしか考えられない姿であった。それならばそれでも、あの下らない弁明には救いようのなさを感ずる。むしろ、僕は酒が好きだ。つい飲みすぎて申し訳なかった、と素直に謝って皆さんも酒には気をつけてください、と言えば再起の道が開けたと思う。あれでは恥の上塗りである。
筆者は酒もタバコも止めてから20年になる。病気は一つも経験したことがない。人それぞれ生き方があるから人には勧めない。飲みたいだけ飲んで、吸いたいだけ吸って過ごすのも人生である。人生楽しければいいという人もいる。但し、人に迷惑をかけてはいけないという大前提がある。
日本の社会は、昔から飲酒に甘い。酒飲み運転は遅ればせながら少しは厳しくなっているが、子供3人も殺しても刑がたった7年である。酒の上での刑法の甘さは相変わらずである。酒に関する刑法をもっと厳しくするべきである。飲んでいたから許してくれで通るのは日本の社会だけで、海外では考えられない。
筆者は、飲酒の事故が絶えないのも、潜在的なアル中が増えているのが原因の多数を占めていると考えている。弛緩した日本の社会が生む、潜在的なアル中に対して真剣に考える時期に来ている。